現代世界経済叢書.docVIP

現代世界経済叢書 ３ アメリカ経済論 村山裕三?地主敏樹 編著 ミネルヴァ書房 第１１章 医療システム 要　約 アメリカは医学研究に力を注いだが、国民皆保険のような平等主義的な医療保障を国民に提供するという点ではコンセンサスを得ることができなかった。したがって、世界最先端の医学研究をしながら、国内にはいかなる医療保険にも加入できない人が大勢いる。民間主流の医療保障体制だったので、次第に医療費が高騰した。アメリカの国内総生産に対する国民医療費の割合は世界第１位である。マネジドケアなどの仕組みにより、このような医療費高騰の抑制に努めている。 昨今、高齢化に伴って医療保障における政府支出も増大している。公的医療保障部門においても、様々な手段を用いて医療費抑制のために努力している。さらに、医療費の高騰は企業にも大きな影響を与え、世界市場での競争力を失わせることにもつながりかねない。したがって、民間企業も医療費抑制に尽力している。また、情報革命も医療分野に大きな影響を与えている。1990年代頃からテレメディソンの普及が加速し、農村地域の住民の医療機関へのアクセス緩和だけではなく、国民医療費の削減にも役立っている。 アメリ力医療保障分野における最大の難問の１つは、いかにして医療費の高騰を抑えるかにあるといえる。 １　アメリカ医療システムの実態 研究と医療のアンバランス アメリカの保健医療分野における研究開発への支出額は1940年では4500万ドルにすぎなかったが、1987年には162億ドルに激増しており、インフレ率を換算しても実質40倍の伸びである。政府の科学技術振興予算において、医学研究は軍事研究に次いで第２位である。第二次世界大戦後、アメリカはサイエンスとしての医学に多くの資源を割いた。その影響もあり、第二次世界大戦以降のノーベル医学?生理学賞の受賞者は圧倒的にアメリカ人で、アメリカは医学研究大国として世界をリードしているといってもよい。反面、平等主義的な公的医療保障という側面にはあまり関心を示さなかった。クリントン大統領は国民皆保険制度を構築しようとしたが、制度の複雑さや医療分野への政府の干渉、民間企業の負担増など様々な反対理由によって頓挫してしまった。アメリカは現在も多数の無保険者を抱えている。一方、日本は戦後、戦前からあった社会保険を基礎に平等主義的に拡大していき、1961年には国民皆医療保険制度を成立させた。両国の相違は、戦後世界システムにおける位置関係の相違によるところが大きい。アメリカは戦後世界におけるヘゲモニー国家としてリーダーシップを発揮する立場にあった。ヘゲモニーとは、生産?科学技術?金融を含めた経済、軍事、イデオロギー面で、国際関係において他国を寄せ付けない卓越した権力をさす。科学技術面での優位こそこのヘゲモニーの立場を確固たるものにする重要な手段であり、医学研究やその隣接科学（バイオテクノロジーなど）への多額の貢献はヘゲモニー国家という立場上当然とられるべき政策だったのである。 (2)医療費の高騰 アメリカにはメディケアやメディケイドなどの公的医療保険制度はあるが、主流は民間医療保険である。民間保険なので、原則として、お金さえ出せば最高の医療サービスを受けることができる。図11-1が示すように、全米医療費総額は1960年の時点では267億ドルだったが、1997年には1兆ドルを超えた。2000年には約1兆3000億ドルに達し、国内総生産（ＧＤＰ）の13％以上を占めている。1999年の資料で各国ＧＤＰに占める医療費の割合を国際比較してみると、図11-2のように、アメリカは２位以下を大きく引き離す13.1%で１位である。２位のフランス、３位のノルウェーとカナダは９％台、５位のベルギー、６位のオランダとアイスランドは８％台である。 医療費高騰の要因として、以下のものが挙げられる。①人口増加、②インフレーション、③医療分野におけるインフレーション、④医療サービスの量や内容の充実、医療の高度化による診療内容の変化。1980年代以降、④の上昇、特に単位サービス当たりの価格の上昇が顕著で、医師の技術料や高価な新薬の登場が医療費増加の大きな原因となっている。このような医療費全体の高騰は当然個人の医療費支出にも大きな影響を与えた。図11-3のように、1960～2000年まで、個人医療費支出は前年度と比較して平均10.2％上昇している。しかしながら、1990年代以降は、マネジドケアの浸透などにより、1990～95年度までが年平均7.3％、1995～2000年度までは年平均5.5％の上昇と、伸び率は抑制されてきている。 (3